2017年1月23日

新しく年が始まり既に1ケ月が過ぎようとしています。昨年民衆の意思で決めた米国新大統領、英国の欧州連合離脱がこの星をどのように変えていくのか不安な年始です。異質なものを受け入れず壁を立てることでは新しい世界は見えてきません。

ローマ帝国時代、国は城壁で囲むことで成り立っていました。そんな時代の宮殿がそのまま街になっているクロアチアの港街スプリットを旅してきました。以前この街の版画ビエンナーレで受賞した作品が再度展示される展覧会がありレセプション参加のための渡航でした。イタリア東側アドリア海を挟んで対面するクロアチア、旧ユーゴスラビアに属し近年独立を果たしています。風光明美なその港は時の皇帝ディオクラティアヌスが宮殿を作り自らの住処としたところから始まります。彼の死後まもなくローマ帝国は衰退し宮殿は廃墟となり、そこへ他民族が入り込み宮殿内部を改造・増築しながら自分たちの町に作り変えていきました。10世紀にクロアチアは独立しますがハンガリーやオスマントルコの支配を受け新しい様式の建築がそこに建てられ時代が異なる建築様式が混在する不思議な街が出来上がり現在に続いています。町の敷石は1メートルを超えるような大きな大理石、道は狭く迷路のようになっています。地下宮殿ではオリーブ油を製造し葡萄酒を貯蔵する設備まであり4世紀初頭、ローマ帝国の国力を感じます。展覧会の催された市民ホールも古い建物で外壁の大理石はローマ時代のものでした。宮殿のできた当時は海側に巨大な壁が築かれ外敵の侵入に備えていましたが時代がその壁を崩し異文化が混ざり今の形になったようです。以前に旅したポーランド・クラクフもそうでしたがリュブリアナ、マケドニア、ルーマニアなど他国との交流が難しい場所での版画国際展が多いようです。おそらく郵送が手軽な版画の国際展を開くことによって世界との繋がりを作っていこうという考えなのでしょう。この旅で考えることは沢山ありましたが他者との繋がり、異文化の理解から新しい世界が見えてくるよう思います。個人が自分の損得や快適さを追い求めるだけでは幸福になれないように国も経済・軍事といった力を振りかざし弱肉強食の考えでは孤立、衰退へ向かうしかありません。クロアチアも先の世界大戦からユーゴスラビア建国、チトーの新しい社会主義、独立に伴う内戦を経て平和を手に入れたのは20年ほど前の話です。学芸員の方のお話にもその苦労が端端に見えました。米国新大統領が就任して歴史を戻すような政治を始めようとしています。ヨーロッパ連合も英国の離脱後ポピュリズム・ナショナリズムの波に揺られオランダ、フランス、ドイツの大統領選が気になります。国境を外し人や物の行き来を自由にして地球を一つにする考えを理想論で終わらせたくはありません。高い壁や排他主義は孤立・争いを生むだけです。この星の上で人類はどのように生きればよいのでしょうか?

朝の光や鳥の声、水面にきらめく波や夜空の星、そんなものとの調和をはかれば無駄なエネルギーを使うことなく生きていけると思います。自分と外界との壁を外し調和をとることでこの星で生きていく意味を感じ、他者を怒らすことも少なくなると思います。僕も自分と対面するこの世界の声を譜面に写すように描いています。昨年から始めている「水面に落ちる雨の波紋」、リアリズムから少しずつ離れてオプティカルな画面に変化してきました。そんな変化を7月の銀座養清堂画廊でまた皆さんに見ていただけると思います。寒さ厳しい毎日ですが既に梅の香が漂い始めています。人の世界がどんなに愚かでも季節は約束通り動いて春はきっとやってきます。皆さんどうかお気持ち爽やかに毎日をお過ごしください。

笠井正博